命の森 No.1
1997.3.31
本報告書は京都市都市緑化協会が管理する京都市の梅小路公園(総合公園,約11.6ha)に1996年に開設されたビオトープ「命の森」約1haのモニタリングを行っているボランティアグループによる調査記録である。
京都ビオトープ研究会
命の森モニタリンググループ
事務局:大阪府立大学農学部緑地環境保全学研究室内
〒593 大阪府堺市学園町1-1, Tel 0722-52-1161(ext2429), Fax 0722-52-0341
はじめに
京都の梅小路,JR操車場あとに「全国都市緑化きょうとフェア」が開催された。その後,梅小路公園として整備され,その一角がビオトープ「命の森」として整備された。ビオトープとは生物の生息空間としてあるまとまりをもった単位である。ふつう,都市緑地が市民のレクリエーション利用を目的として整備されるのに対し,「命の森」では,むしろ生物が主人公の空間であって,人間の方は控えめに観察させてもらうだけである。私たちはこの妙な空間でどのような生き物のドラマが展開されるであろうか,それを見届けたいと思っている。
数年前の梅小路のように全く緑のない,自然とはほど遠いところでも,しばしの時間を生き物たちに与えれば,生き物たちはたちまち繁殖し,またあらたな侵入者がしばらく前の繁栄者を駆逐し,そうこうするうちにどんどん土や空気の質なども変わっていって,それまでの非自然的な環境から生き物のたちの作り出す環境へ変わっていき,それがまたあらたな生き物の舞台装置を作り上げていくものだと,私たちは思っている。
そうしたダイナミックな生物の遷移とその営みは,無機的な都市の乾燥した空間に潤いと季節とさまざまな緩衝機能も付与してくれるはずである。もちろん1haに満たない命の森の環境形成機能を誇大視してはいけないが,都市の中の生き物の孤島としての意義はかなりあるものと期待している。
都市建設以前,つまり平安遷都の前の山城原野の生物多様性をのこしたままの都市建設は本来不可能なのであろうか?
ほぼ完全に自然性が消滅していたこの地域のこの程度の面積で,どこまで自然性が回復するのであろうか?
京都市都市緑化協会から,この「命の森」のモニタリングへの協力を依頼されたとき,日頃から気にかけているこのような課題に真面目に取り組むよいチャンスであると考えた次第である。流行のインターネットのメイリングリストで呼びかけたら,立派なボランティア調査団ができあがった。この報告はこのグループの半年の成果の一部を記録したものであり,特に生物相の調査の中間的なまとめである。本報告書が都市のビオトープの意義の検討や都市の自然の理解に少しでも役立てれば幸いである。
森本 幸裕
II 水生昆虫 11
III 陸生昆虫・クモ
13
IV 土壌動物 18
V 鳥 26
VI きのこ 30
あとがき 34
名簿 35
松良 俊明
ビオトープ内には5個の池と水深のごく浅い湿地が1箇所あり、それらに生息するヤゴの種類について、予備的な調査を行った。こういった人工的な水域には、通常、アカネ属(アカトンボ類)がパイオニア種として繁殖することが多い。しかし、アカネ属は秋に産卵するため、本年(1996年)の秋はまだ幼虫が観察されない。今後、定量的でかつ詳細な調査を行ってゆきたいと考えている。
調査日:1996年10月19日(土)
調査者:松良俊明・足立明子
1.当日の池の概況
池1 水生植物が中央部に繁茂し,周縁は刈り込まれている.水は澄んでおり, 流れもある.デトリタスはほとんどなし.
池2 同上
池3 ショウブのパッチ有り.アオミドロ一面に繁茂.デトリタス有り.
池4 ほとんど開水面のみ.アオミドロ繁茂.
池5 「カワセミの崖」をもつ.一番大きい池で,トクサのパッチ有り.開水面にアオミドロが繁茂.
湿地 ほとんど浮葉性の水草に覆われている.
2.水生昆虫の採集結果
トンボ目
ヤンマ科 2種
トンボ科 2種
イトトンボ科 2種
カゲロウ目
コカゲロウ科 1種
カメムシ目
アメンボ科 1種
ミズカマキリ科 1種
(内訳)
池1 クロスジギンヤンマ
イトトンボA
フタバカゲロウ
アメンボSP
池2 クロスジギンヤンマ
イトトンボA
ヤンマSP
池3 クロスジギンヤンマ
ショウジョウトンボ
イトトンボA
池4 クロスジギンヤンマ
ショウジョウトンボ
ミズカマキリ
池5 クロスジギンヤンマ
ショウジョウトンボ
シオカラトンボ
イトトンボA
イトトンボB
夏原 由博
目的:森は単なる樹木の集まりではなく、そこで生活するさまざまな生物が食物連鎖や競争、共生など種間関係を通じて複雑にからみあって形成される世界である。陸生昆虫とクモは生産者である植物と高次の消費者である鳥を結ぶ位置にあり、森の生態系の形成になくてはならない。
また、チョウやカブトムシ、コオロギなどは子供の好奇心の対象としてばかりでなく、古くから文学や絵画、音楽の題材として取り上げられ、人類の文化と密接にかかわってきた。都市に森を再生する試みのなかで、これらの昆虫類が適切に生息することは森の内容を一層充実させることである。
ところで、これらの昆虫は単に植物が植えられているだけでは必ずしもそこに定着するとは限らない。定着には未知の問題も含む種々の条件が満たされる必要がある。本研究はいのちの森における陸生昆虫の発生経過を調査し、より豊かな森の生態系の形成の条件を解明することにある。
調査日:1996年10月20日
記録者:夏原由博
調査方法:捕虫網によるスウィーピングおよび目撃による採集。
調査結果(種リスト)
トンボ目
ナツアカネ
ハサミムシ目
ハサミムシ
バッタ目
イボバッタ
コバネイナゴ
エンマコオロギ
ハラオカメコオロギ
ツヅレサセコオロギ
マダラスズ
アミメカゲロウ目
カオマダラクサカゲロウ
カメムシ目
ヨコヅナサシガメ
イトカメムシ
ヒメナガカメムシ
マルツノゼミ
チョウ目
アカタテハ(命の森の外)
ツマグロヒョウモン(命の森の外)
アオスジアゲハ(命の森の外)
ヤマトシジミ
イチモンジセセリ
コウチュウ目
ダンダラテントウ
ムーアシロホシテントウ
ヒメカメノコテントウ
アオゴミムシ
アシミゾナガゴミムシ
ハエ目
ヒメヒラタアブ
ヒメフンバエ
ハチ目
オオハリアリ
トビイロケアリ
トビイロシワアリ
アメイロアリ
オオズアリ
アカガネコハナバチ
クモ
ネコハグモ
ムナグロヒメグモ
カタハリウズグモ
ヨツボシアシナガグモ
ミドリアシナガグモ
ヒメアシナガグモ
アシナガグモ科spp
ムツボシオニグモ
アオオニグモ
アシナガカニグモ
ギンナガゴミグモ
ギンメッキゴミグモ
ハナグモ
オオヤミイロカニグモ
アリグモ
カニグモ科spp
解説
トンボ目
ナツアカネ:ヤゴは低地から低山地の湿地や水田に生息し、成虫は夏の間、緑地や神社の森で過ごし、秋に湿地や水田に戻って産卵する。
ハサミムシ目
ハサミムシ:体長25 mm。人家周辺や緑地、畑に普通にみられる。雑食性で昆虫や死骸、腐植質などを食べる。
バッタ目
イボバッタ:体長25-35 mm。乾燥した裸地や草が疎らな場所に住む。
フキバッタの一種:林縁や林内の湿った場所に住む。
エンマコオロギ:体長26-40 mm。草地や畑に住む。年1化。
ハラオカメコオロギ:体長13-20 mm。草地や畑に住む。年1化。
ツヅレサセコオロギ:体長13-22 mm。草地、畑、庭に住む。石の下に住み場所をつくる。年1化。
マダラスズ:体長6-12 mm。芝地などに住む。年2化。
アオマツムシ:体長23-28 mm。樹上に住む。東南アジアからの侵入種で、都市やその近郊の街路樹や公園に多い。年1化。
アミメカゲロウ目
カオマダラクサカゲロウ:開長(両方の羽を広げた長さ)26 mm。樹上でアブラムシを食べる。本州以南に分布。
カメムシ目
ヨコヅナサシガメ:体長16-24 mm。エノキ、サクラなどの幹に住み、ガの幼虫などを捕食する。幼虫で越冬。都市の郊外に多い。
イトカメムシ:体長6-7 mm。植物の葉から吸汁する。
ヒメナガカメムシ:体長5 mm。イネ科の穂やキク科の花を吸汁する。
マルツノゼミ:体長4-5 mm。ハギなどを吸汁する。
チョウ目
アカタテハ(命の森の外):幼虫はクサマオ、カラムシなどを食べる。年多化で成虫越冬だが、暖地では幼虫や蛹でも越冬する。日本全土に分布。
ツマグロヒョウモン(命の森の外)幼虫はスミレ類を食べ、成虫は花の蜜を好む。年多化で幼虫越冬。本州以南、熱帯まで分布。
アオスジアゲハ(命の森の外):幼虫はクスノキ科を食べ、成虫は花の蜜を吸うが地上で吸水もする。年多化で蛹越冬。
ヤマトシジミ:幼虫はカタバミを食べ、成虫は花の蜜を吸う。年多化で幼虫越冬。
イチモンジセセリ:幼虫はイネ科、カヤツリグサ科、タケ科を食べ、成虫は花の蜜を吸う。年多化で幼虫越冬。秋に長距離移動し、そのとき都市部でも多数見られる。
コウチュウ目
ダンダラテントウ:体長3.7-6.7 mm。
ムーアシロホシテントウ:体長4-5 mm。
ヒメカメノコテントウ:体長3-4.6 mm。
アオゴミムシ:体長13.5-14.5 mm。
アシミゾナガゴミムシ:体長8-9.5 mm。平地の湿地に住む。
これらのコウチュウ目の昆虫は捕食性で他の昆虫を食べている。
ハエ目
ヒメヒラタアブ:体長9 mm。幼虫はアブラムシを食べ、成虫は花に来る。
ヒメフンバエ:体長8-10 mm。幼虫は堆肥などに発生し、成虫は昆虫を捕食する。
ハチ目
オオハリアリ:林縁の朽ち木などに営巣する。朽ち木中の昆虫などを捕食する。
トビイロケアリ:草地から林内まで分布し、樹木の根元などに営巣している。アブラムシを保護して蜜を得る習性が強い。
トビイロシワアリ:芝生や花壇、草地に多い。
アメイロアリ:林床の落葉中に生息する。
オオズアリ:平地の林縁や林内の落葉中に生息する。
アカガネコハナバチ:メスの体長8 mm。花を訪れ、花粉を持ち帰る。地中に比較的複雑な巣をつくり、半社会生活をする。
クモ
ネコハグモ:体長5 mm前後。広葉樹の葉に天幕状の網をはる。
ムナグロヒメグモ:体長3 mm前後。草間や樹間、建物などに不規則な網をはる。
カタハリウズグモ:メスの体長5 mm前後。山地の日陰、草むら、洞窟内などに水平円網をはる。
ヨツボシアシナガグモ:体長2-3 mm。水田の株間や草間を徘徊する。
ミドリアシナガグモ:メスの体長7-8 mm。山地の草間などで水平円網をはる。
ヒメアシナガグモ:体長2-3 mm。落葉や草間。
アシナガグモ科spp
ムツボシオニグモ:メスの体長4-7 mm。山地のササやフキなどの葉に水平円網をはる。
アオオニグモ:メスの体長9-10 mm。樹間、草間に垂直円網をはる。
アシナガカニグモ:メスの体長8-9 mm。草原や路傍の草の上に生息している。
ギンナガゴミグモ:メスの体長7-8 mm。山地の低木の樹枝間に垂直円網をはる。
ギンメッキゴミグモ:メスの体長6-7 mm。山地の道路や林内の樹木に垂直円網をはる。
ハナグモ:メスの体長6-7 mm。草木の葉や花の上で昆虫を待ち伏せして捕らえる。
オオヤミイロカニグモ:メスの体長7-8 mm。草間に生息し、葉の上で昆虫を待ち伏せる。
アリグモ:体長6-7 mm。アリとそっくりの姿をしている。葉の上で昆虫を捕らえる。
カニグモ科spp
晩秋の1回限りの調査で多くを述べることはできませんが、、陸生昆虫とクモの調査
結果からは以下のようなことが推察される。
1. 移動力の強いチョウはいのちの森の自然そのものより、周辺の都市環境を反映した種構成である。
2. バッタ目の多くも都市環境に生息する種ですが、フキバッタは林の中や湿った場所で見られる種で樹木か池の土と一緒に卵で持ち込まれたと思われる。コオロギ類、ゴミムシ類の生息に好適な石積み等があるため、比較的個体数が多かった。
3. アリは都市の小規模緑地に生息する種ばかりで、種数も多くない。ただし、都市でしばしばみられる外来のアリは侵入していない。(アリは個体は小さいが、コロニーを壊滅させるような捕食者はいないという点で環境指標として優れている)
4. クモは昆虫と比べて豊富で、山から水田まで様々な生息環境に住む種がみられた。移植された樹木等に付いてきたものと思われる。これらの種が今後とも住み続けるのか、もともと都市に適応した種だけが残るのか興味深い。
5. ジョロウグモ、カマキリ、アシナガバチ等の大型の捕食者がいない。
6. ハナバチ等の訪花昆虫が少ない(コハナバチの1種は確認したが)。
夏原由博・島田泰夫
第1部 いのちの森のササラダニとトビムシ
目的
いのちの森がビオトープとして機能していくためには、生態系のサイクルが健全に循環することが必要であるが、その鍵を握るのが土壌である。
植物を育てる土はさまざまな生き物のはたらきでつくられる。土の中にいる動物のことを土壌動物と呼んでいる。落ち葉や枯れ枝はミミズやダンゴムシなど大きな(人から見ると小さいけれど)土壌動物によってかみくだかれ、あるいはカビやキノコの
仲間によって分解される。それらはさらに細菌などの働きで植物に吸収されやすい形に変化する。またミミズなどは土の中にトンネルを掘ることで、空気や水が土の中に入りやすくし、肥えた土をつくる。
ササラダニやトビムシは0.1 mmから大きくても1cm程度と小さな生き物だが、土の中にたくさんいて、土づくりを助ける。また、植生や環境の変化に敏感で、どんな種類がいるかによって土をめぐる環境を診断することができる。
土壌動物を通して、土壌環境の成熟過程を調べることが本研究の目的である。
ササラダニとトビムシの特徴
ササラダニはダニの仲間で、胴体に4対の脚(例外もある)と餌を食べるための鋏角を持っている。ササラダニの大部分は落ち葉などを食べ、一部はカビや線虫を食べ
るものもいる。土の中にはササラダニ類の他にヤドリダニ類、ケダニ類、コナダニ類などたくさんのダニが住んでいるが、もちろん人を刺したりはしない。他のダニや昆虫の卵、カビなどを食べる。
トビムシは昆虫の仲間で頭、胸、腹があり、1対の触角と3対の脚を持っているが、羽はない。トビムシはササラダニとくらべて平均して産卵数が多く、条件がそろうと、特定の種が大発生することもある。トビムシの餌は落ち葉やカビの仲間が普通だ
が、動物の糞や線虫などを食べるものもいる。
方法
調査は1996年11月17日に3地点で行った。各地点は植生が異なり、地点1はケヤキなど落葉樹の多い場所で平地、地点2は常緑樹の多い場所で丘になった部分、地点3
はシロツメクサの草原の丘であった。
サンプルの採取は2種類の方法を用いた。ひとつは断面積25 cm2、高さ4 cmの円筒を地面に打ち込み、100cm3の土壌を採取する方法で、各地点5個ずつ採取した。もうひとつは落ち葉や枯れ枝、草を手当たりしだい採取する方法で、各地点約1リットルずつを採取した。
サンプルはその日の内に研究室に持ち帰り、ツルグレン装置にかけ、サンプルの上面が35度になるようにして72時間おき、エタノール中に落ちた土壌動物を顕微鏡で調べた。
結果
1996年11月17日に調査した結果は表のとおりである。ササラダニは全体で5種で落葉樹の地点で種数が多く、もっとも少ないのは草地であった。とはいえ、個体数も少ないので種数の差が意味のあるものかどうかはもう少し調べてみないとわからない。
A 落葉樹(低地)B 常緑樹(丘) C草地(丘) 土壌 リター 土壌 リター 土壌 シロツメクサ ツバサクワガタダニ 0 1 0 0 0 0 サカモリコイタダニ 0 3 2 278 0 0 コンボウオトヒメダニ 3 4 0 10 7 13 チビゲフリソデダニ 0 2 0 1 0 0 合計 4 10 2 289 7 17 ササラダニ種数 2 4 1 3 1 2 コナダニsp1 0 1 0 0 0 0 トゲダニ亜目 14 23 4 20 8 1 ダニ合計 20 38 7 312 16 20 アヤトビムシ科 9 29 0 10 5 0 イボトビムシ科 9 0 0 0 0 0 ツチトビムシ科 35 19 1 19 5 0 マルトビムシ科 0 3 0 2 0 0 シロトビムシ科 0 1 0 0 0 0 ヒメトビムシ科 0 4 0 0 0 0 合計 53 56 1 31 10 0 科数 3 5 1 3 2 0
┌─植物→(落枝・落葉)→土壌"生物"(分解)→土壌──┐ └──────────────────────────┘
という循環系を示す(土壌"生物"としたのは,今回ここで扱う土壌動物−−大型土壌動物と中型土壌動物−−以外にも,土壌微生物・土壌菌類の作用が無視できないからである)
したがって,雑木林などでは,様々な植物の落枝・落葉が供給されるため,それを利用(分解)する土壌動物の種類数は豊かなものになるし,これに対して,スギ・ヒノキ植林などの単一林や,公園緑地などで落ち葉掻きや下刈りなど常に行われているところでは,土壌動物の種類は貧弱なものになることは想像に難くない。
このように土壌動物調査は,植物と土壌を結びつける分解者としての役割をもつため,植物−土壌生態系の回復・遷移状況の推定評価には有効であると考え,調査を行うことにした。
2.調査地点の選定
本調査を実施するにあたり,定点での継続・追跡調査を計画した。具体的には「命の森内に植林された「落葉樹」「常緑樹」「草地」の計3地点で,土壌動物の調査を実施し,植生の遷移状況との関連を調べることができるようにした。
3.調査方法
通常,大型土壌動物の定量調査は,一定量のコアサンプルによる土壌の定量採取を行い見つけ取り法(ハンドソーティング法)によって,採集するやり方が行われてきた。これは,一定量採取した土壌を,ビニールシート上に広げ,土壌を少しづつ突き崩しながら,確認した土壌動物を採集するという手法である。採取する土壌量は,調査目的や調査者によって様々な考え方があるが,一般的には約3リットルの土壌コア(縦25cm×横25cm×深さ5cm)を複数個採取し,土壌動物を採集するものである。また,定量調査ではあらかじめ必要とする最小サンプルサイズを予備調査から算出していなければならない。
土壌動物は,集中分布をすることがわかっているので,サンプルサイズは大きくなるのが一般的であり,経験的には,約3リットルの土壌コアなら5〜10サンプル採取(15リットル〜30リットル)する必要があるといわれている。
今回「命の森モニタリング−大型土壌動物編−」では,定量調査を実施することを諦めることにした。その理由は,大型土壌動物群集の定量調査を実施するためには,大量の土壌コアサンプルを必要とし,調査地域の森林面積から考えると,結果的に土壌環境がサンプリングによって攪乱される可能性が高いためである。
このため種類組成をみる定性調査を行うことにした。各地点で,土壌を1〜2リットルほど採取し,シフターでふるったのち,実験室に持ち帰り,ツルグレン装置に投入した。
60Wの電球で約3日間(72時間)照射し,大型土壌動物を捕集した。得られた土壌動物は実態顕微鏡下でソーティングを行いながら検鏡・同定し,個体数をカウントした。
4.調査日
秋季調査を1996年11月17日,冬季調査を1997年2月16日に実施した。
5.結果と考察
5.1 得られた土壌動物群
得られた大型土壌動物は全20種群(不明種群1を含む)にわたる。地点別の種類組成を表に示す(秋季調査結果のみ)。
表 大型土壌動物査定表(1996年秋季調査結果)
調査地点 落葉樹 常緑樹 草 地
ベッコウマキガイ科sp. 1
その他マキガイ類 1
ナメクジ科sp(コウラナメクジ?) 5 1
ヒメミミズ科sp. 11 1
フトミミズ科sp. 6 3 1
ハナグモ 1
タナグモ科sp. 1
サラグモ科sp. 1
その他微少クモ類
オカダンゴムシ 4
ニッポンアカヤスデ 01(2) 83 14
(カッコ内は成体数)
ゲジ科sp.(ゲジ?) 1
ヒトフシムカデ属sp. 1 1
ハネカクシ科sp. 3
甲虫目(幼生 3 5 1
ユスリカ科spp.(幼生) 9 3
ハエ亜目幼生 6
その他ハエ目幼生 4 3
オオハリアリ 3 2
ケアリ属sp.(ヒメキイロケアリ?) 1
出現種数(小計) 14 9 8
5.2 土壌動物による自然度
自然環境の豊かさを調べるための指標のひとつとして「自然度」がある。この「自然度の定義については,様々な議論があろうが,ここでは単純に「ある生物群集をみたとき,都市化などの人為的影響に耐えうる種と耐えられない種に識別し,後者が多ければ自度
が高い」と考えることにした。
青木によれば「一般に,自然度をみる場合には,植物群落に着目するが,土壌中の生物群集も豊かな状態にあってはじめて本当によい自然であるということができる(『指標生物』思索社
1985年 252頁より)」としている。
青木による土壌動物を用いた自然度の測定方法は,土壌動物群を32分類群に分けるとともに,自然環境の悪化に対して敏感な種群(10群),強い種群(8),中間的な種群(14の3群に区分した後,得点付けを行なうというものである。
A群(10群/32群中):自然環境の悪化に対して敏感で消滅しやすい種群 :スコア5点B群(14群/32群中):自然環境の悪化に対してもある程度は耐えうる種群:スコア3点C群(8群/32群中):自然環境の悪化に対しても強く,残存しやすい種群:スコア1点
調査手順として,土壌動物のサンプリング→得られた動物群の得点付け→合計スコア
(自然度)の算出 という工程になる。ちなみに32群すべてが出現すれば,5点×10群+3点×14群+1点×8群=100点
となる。なお,出現個体数は考慮しない。青木によればこの値は「本来人手が加わらなければ立派な森林になるはずの土地における植物群落や土壌の成熟度を示すといってもよい」としている。
調査で得られた土壌動物リストから,自然度を求めてみると,落葉樹(20点),常緑樹(17点),草地(15点)になる。できれば,他の森林環境のスコアと比較したいが,残念ながら,土壌動物の自然度評価は,あまり実施されていないのが実状である。参考までに我々が最近砂防堰堤堆砂地10地点で行ったものを紹介すると,最大56点,最小8点,平均29.4点である。砂防堰堤堆砂地のような場所での自然度は,土石流や増水による攪乱が強いため,全体としては低い自然度と判断せざるを得ない。「命の森」の評価も現時点では同様である。
5.3 注目すべき分類群:ニッポンアカヤスデについて
なお,1996年秋季調査では,ヤスデ類の高密度発生が確認された。採集されたヤスデ類は,そのほとんどが幼生であったが,一部成体と思われる個体が得られたので,これらを徳島県立博物館の田辺
力氏へ送付し,同定をお願いしたところ次のようなコメントを頂いた。
「....Nedyopus patrioticus niponianus (Verhoeff, 1940),ニッポンアカヤスデ....
ニッポンアカヤスデが人為的な環境で大量に発生する事例は今まで知りませんでしたので興味深く思います.同じ科のヤケヤスデやヤンバルトサカヤスデは人為的な環境でしばしば大発生しています.
ヤンバルトサカヤスデは台湾から植木などにくっついて北へと分布を広げており,今のところ徳之島まで定着しています.この種の場合は大量に発生して民家にも入り込むため害虫として問題になってます.沖縄ではチラシが作られている程です.
ちなみに徳島でもヤンバルトサカヤスデがみつかりましたが,定着してるかどうかはわかりません.この件については,どろのむし通信の最新号で報告しました.ニッポンアカヤスデの場合もヤケヤスデ,ヤンバルトサカヤスデと同じように植木などにくっついて分散し,分散先の人為的な環境でしばしば大量に発生しているのかもしれません.ヤンバルトサカヤスデについてはいくつか論文がでています....」
このヤスデ類の発生がこれからも継続的に続くのかどうかは,今後の調査結果を待たねばならない。
5.4 土壌動物の侵入過程
命の森が一般に公開されて約1年を経過した。都市空間に人工的に造成された緑地にどのような動植物が定着してくるのかは,土壌動物からみても非常に興味のあるテーマである。
土壌動物の場合,飛翔力も小さく分散力は極めて小さいと考えられる。
したがって,裸地環境や人工的な緑地環境が与えられた場合,まずそこで確認される土壌動物は「都市化に適応している分類群」と「緑化の際その土壌に付着してもちこまれる分類群」であることは容易に想像できよう。そして,このような人為的な影響の強い土壌環境では,ある特定の土壌動物が大量に発生することが,しばしば報告・指摘されており,今回のヤスデ類の高密度発生という調査結果も,おそらくこの指摘を裏付けるものであろう。
結論からいえば,現段階での「命の森」の土壌動物群集は,森林における土壌動物群集とは明らかに異なっているといわざるを得ない。今後しばらくは「ヤスデ類の高密度が続く」「ヤスデ類の高密度は鎮静化し,他の土壌動物が再び大量に高密度発生する」「その他」と3つの可能性が考えられるが,いずれにせよ植林直後であり,将来的には植物の遷移の進行に伴って,徐々に森林における土壌動物群集に類似していくことが期待される。
(島田泰夫:日本気象協会関西本部)
須川 恒
1996年度には鳥類に関しては具体的な調査はできなかったが、梅小路公園に建設された「命の森」の京都市の市街地における位置づけを行ない、野鳥の生息環境としての保全策を探るためには、今後どのような点に留意して調査をすすめることが重要かについて考えを述べる。
1)市街地に孤島のように存在する緑地(樹林地)の規模(質)と生息鳥類の関係 開発が進んだ日本では、残された自然は、例えば都市の中にある社寺林や公園にある緑地、あるいは平野の中のため池のように、孤島状に分散していることが多く、その孤島の規模や質は様々である。このような孤島状に残された自然の保護、あるいは自然の回復計画を効果的に進めるためには、何よりも孤島状に残された自然の規模や質と、その中に生息している動植物の関係を把握することが必要である。
森林の規模に関しては、関東地方における様々な規模の森林において繁殖期や越冬期に関しての調査(村井他
1988)などがあり、森林規模や構造の多層化にともない生息鳥類がより多様になることが判っている。では、現実に、京都市の市街地に孤島のように浮かんでいる様々な規模の緑地を、どのような鳥類がどのように利用しているのかとなると、整理された資料は全くない。「命の森」が、京都市の市街地においてどのような役割を果たし得るのかを見極め、その役割をより効果的に果たすために、どのような作業が可能なのかを探るためには、京都市の市街地に孤島のように存在する緑地の規模(質)と生息する鳥類の関係を、広く浅く把握する調査が、まず必要であると考える。
2)どのような種が営巣地として利用しているか
市街地にある緑地は、鳥類に、繁殖地として、越冬地として、春・秋の渡り期の中継地として四季さまざまに利用されている。夏鳥や冬鳥、あるいは旅鳥として季節的に渡来する種も多く、緑地の利用状況を把握するためには、これら季節的な利用状況もふまえた詳細な調査が必要となる。
一般的にいうと、京都市の平地部では、繁殖期の鳥相はそれほど多様ではないが、越冬期は、北国から多くの冬鳥を迎え、非常に多様になる。また、春・秋の渡り期には、季節的に交代する種も含め、最も多くの種が記録されるはずである。
具体的な調査の効率という面からは、これらの中で、春・秋の渡り期は、短期間の調査ではその実態把握は困難で、地元の観察者が、楽しみながら長年にわたってじっくりと観察すべき課題であると思う。一方、繁殖期と越冬期の鳥相は、比較的短期間の調査でもその実態が把握できるが、越冬期の鳥相は年による変化が大きい点に留意しておく必要がある。
市街地にある緑地の鳥類の繁殖地としての利用は、営巣地として利用、採食地として利用(営巣は周辺地でおこなう)、その両者の利用の3タイプが考えられる。採食地としての利用状況を明らかにすることはかなり努力を要するので、当面の調査課題としては、どのような種が、それぞれの緑地を営巣地として利用しているかを把握することであると考える。
3)調査対象とする緑地のとらえ方
上記の考えのイメージを示すために、京都市の市街地内で大規模緑地の一つと考えられる御所(仙洞御所を含む)で、近年営巣している19種(藤井恭恵氏私信,巣は未確認だが営巣の可能性が高い種を含む)について、緑地の規模と営巣に関して想像される関係を表1に示した。樹林地の規模とは別に、御所内にある建物や池などの存在によって、営巣地となっている可能性の強い種に関しては欄外に示した。京都市の市街地における詳細は、実際に調査を行なってみないと判らないが、他地域の調査例(村井他
1988)などから、概ねこのような関係になるものと思われる。
表1 市街地内の緑地(樹林地)の規模と営巣鳥類のイメ−ジ
ヒヨドリ ● ● ● ● ● ● キジバト ● ● ● ● ● ● カワラヒワ ○ ● ● ● ● ● ハシボソガラス ○ ● ● ● ● ● シジュウカラ ○ ● ● ● ● メジロ ○ ● ● ● ● ハシブトガラス ○ ● ● ● ● エナガ ○ ● ● ● ヤマガラ ○ ● ● ● コゲラ ○ ● ● ● アオバズク ○ ● ● アオゲラ ○
きのこ班 岩瀬剛二,小林久泰,川向 誠,下野義人(代表)
都会にゼロから作られた公園「命の森」の菌類相を調べることによって,菌類相の変遷を知ることができ,さらに,林の成熟につれて発生する種の変化,腐性菌と菌根菌との割合等多くの事柄が明らかになる.このような観点から命の森の
菌類調査を始めた.
調査方法
公園を所定のコースに従って歩き,野積みの枯れ木,地表面を観察し,きのこの発生場所を地図上にプロットし,写真を写す.
調査日時および調査者参加者名
1996年に命の森のきのこ調査を3回行った.
第1回;10月19日:午後2時から5時
調査メンバー;岩瀬剛二 小林久泰 川向 誠 下野義人
第2回;10月24、26日.午後0時から1時.きのこ展のためのツキヨタケ採集
調査メンバー;下野義人
第3回;11月1日.午後7時からツキヨタケの発光を観察した。
調査メンバー;森本幸裕、夏原由博、森本淳子、伊藤亜希子、杉山信夫、
田中勇、田中泰信,下野義人,他一名
結果および考察
1.発生した種
1996年の命の森で観察された種は未同定の種を含めて15種であった(表1).
マンネンタケを除いて,すべて10月19日に発生した.木材腐朽菌が多かったので,発生期間はやや長かった.
今回の報告から発生場所の位置,きのこの写真を省いた.
表1 1996年に発生を認めた種名
番号 和名 学名
1 ヒメカタショウロ Scleroderma areolatum Ehrenb.
2 アラゲキクラゲ Auricularia polytricha (Mont.) Sacc.
3 オオチリメンタケ Trametes gibbosa (Pers.: Fr.) Fr.
4 クジラタケ Trametes orientalis (Yasuda) Imazeki
5 カワウソタケ Inonotus mikadoi (Lloyd) Imazeki
6 ヒイロタケ Prenoporus coccineus (Fr.) Bond. et Sing.
7 ハナビラニカワカタケ Temella foliacea Pers.: Fr.
8 ツキヨタケ Lampteromyces japonicus (Kawam.) Sing.
9 カワラタケ Coriolus versicolor (L.:Fr.) Quel
10 ヤケイロタケ Bjerkandera adusta (Willd.: Fr.)Karsten
11 チャワンタケの仲間 Pezizaceae
12 シラゲタケ Trichaptum byssogenum (Jungh.) Ryverden
13 チャウロコタケ Stereum ostrea (Bl. et Nees) Fr.
14 ヒメホコリタケ Lycoperdon hiemale Bull.: Pers. em. Vitt.
15 マンネンタケ Ganoderma lucidum (Leyss.: Fr.) Karsten
表1より,発生したきのこは地上生でなく,ほとんど樹上生の木材腐朽菌であった.公園を造成し、樹木を移植してから,まだ1年程しか経っていないので,当然の結果である.しかし,予想以上に種数が多かったことは大きな収穫であった.
地上生のきのことしてはヒメカタショウロが発生した.このきのこは林が撹乱されたり、植林されたときに最初に見られるきのことして知られている.
今回観察されたきのこは植栽された樹木が育っていた場所に存在したもので.木材腐朽性のきのこは伐採された木の中に潜んだまま命の森に運ばれ,地上生のものは樹木の根系から樹木とともに命の森に入り,適した環境になって,きのこを発生したと推測される.菌根性のきのこの胞子が根系の中に存在していても,発芽して菌糸を伸ばし樹木と共生してきのこを発生するようになるまでには,あと数年必要であろう.土壌条件が悪ければさらに長時間必要になる.菌類の変遷および腐性菌から菌根菌への変化等を知るためには,かなりの年月の継続した菌類相の調査が必要であろう.
2.ツキヨタケの発生
本年の大きなトピックスは平地では滅多に見られないツキヨタケが見られたことであった.このきのこは発光し,暗室の中で新聞を読めるくらいの光を放つ.命の森で採集したツキヨタケを1996年10月24-26日間に京都府立植物園で開かれた「きのこ展」に展示した.展示された多くの野生きのこの中でこの光るきのこが非常に興味を持たれ,注目され,京都新聞の夕刊に光るきのことして掲載された.
11月1日に催されたツキヨタケの発光をみる夜の観察会では,小雨混じりの夜であったので都会の光が乱反射してそのままでは発光をみることができなかった.しかし,カンレイ紗で覆いその中に入って観察すると,くっきりと光っているツキヨタケのヒダをみることができた.参加者全員が幻想的な光に感動した.
京都市内のような大都会の公園で発光をみることができるのは極めて珍しいことなので,来年度もぜひ発生させたい.しかし,ツキヨタケはブナ帯に発生するきのこである.照葉樹林帯に属している命の森周辺とブナ帯とは気温,降水量等の環境条件が異なっているため,来年度も本年のようなツキヨタケの発生に適した環境になる可能性は少ない.都会の公園は夏の乾燥が強いことからも,少なくとも夏の散水や覆いをすることが最低限度必要であろう.
3.ツキヨタケの発生した野積みの木の由来
発生した木は最初御池通りのケヤキであるとのことであったが、広葉樹からの発生は少なく(下の参考参照),もしケヤキであれば非常に珍しく,世界で初めての報告になる.そこで,京大の造園学の森本淳子さんに頼んで滋賀県立琵琶湖博物館の布谷知夫氏に同定してもらった.その結果,ツキヨタケが発生していた木はケヤキではなく、イヌブナであることが分かった.このイヌブナが京都市の美山町から来たことまでは分かった.しかし当時の担当者が亡くなっているため,どの林から来たかが確定できていない.正確な由来をぜひ知りたいものである.
「年輪幅が狭く(成長が悪い)イヌブナの特徴が必ずしも出ていないが、日本 産の樹種であればイヌブナでいいと考えています」(布谷知夫氏談).
参考資料として、現在までにツキヨタケがどのような樹木から発生したかを示すと,下記のようになる(滋賀大学の横山和正氏からの情報).
1.大部分腐朽しはじめたブナの幹から発生し,北海道ではイタヤカエデ,まれにトドマツにも生ずる.新潟県の妙高山麓,笹ケ峯でもイタヤカエデに生じ,まれにトチにも生ずると言うことを地元の人から聞いた.(松田一郎.ツキヨタケ.新潟県生物教育研究会誌
第2号.p.1-5.1965).
2.ブナ,イヌシデ,ミズナラ,コナラ,イタヤカエデ,アカシデ,トドマツから発生する(吉見昭一.夜光のツキヨタケ.Nature
Study. Vol.19. No.12. p.11.1973).
3.ブナ,イヌブナ,ミズメ(Betula carpinifolia),モミジ(Acer palmatum)から発生する(永田潤一.有毒茸「ツキヨタケ」の食用法に就て.茸類の研究3(1)
p.60-62,1937)
永田氏は兵庫県宍粟郡の林業試験場に勤務されている.この付近では大部分がイヌブナから発生し,ブナから発生するものは少ないと報告している.
4.ボダイジュ,または近縁の広葉樹の枯れて倒れた樹枝,あるいは枯乾上から発生する(バシリエバ.極東地域のハラタケ目菌類.1973.原著はロシア語).
バシリエバ女史はウラジオストック付近で,1961年9月26日と1967年8月26日に上記の樹種からツキヨタケを採集している.
4.その後の命の森のツキヨタケ
横山和正氏は,きのこ展に展示されていたツキヨタケを持ち帰り,分離培養に成功され,分離菌株を大阪の発酵研究所に保管を依頼された.ツキヨタケの菌糸も子実体に比べて弱いが,発光する.また,日本のツキヨタケはフォッサ・マグナを境にして,東と西で菌糸の性質が若干異なることが知られている.このことからも命の森のツキヨタケがどこからやってきたかを知ることは大切である.何とかして明らかにしたいと考えている.
まとめにかえて
命の森の調査を始める前は移植したばかりの公園であり,面積も狭く夏の乾燥ために,ほとんどきのこが発生しないと考えていた.しかし,予想に反して15種も発生したことは大きな収穫であった.菌類はいろいろな条件のもとで生活をしていることを再確認した.また,ブナ帯でしかみられないツキヨタケが京都市内で多数発生したことを知り,驚かされた.夜の観察会でのツキヨタケの発光は幻想的であったので,ぜひ来年度もツキヨタケの発光を命の森でみたいものである.
今後の予定として,1997年の調査は1996年度の調査結果を踏まえて下の事柄を行いたいと考えている.1.きのこの発生すると思われる時期に(6月頃から10月)本年と同様に定期的に調査する.
2.ツキヨタケを1997年度も発生するように管理する.
3.5mX5m,高さ50cm程度の枠を作り,その中に広葉樹の落ち葉や枯れ枝を入れ,発生する菌類を定期的に調査する.
あとがき
このレポートは私たちのグループが行った1996年度のモニタリングの総ての内容について取り扱っていない。ここに述べた以外には,気象環境,林分としての光環境,さらに土壌環境についても少し調べている。しかし,まだ特に取りまとめる程度にデータが集積していないので,このつぎに回したい。哺乳類についてはネコとコウモリがいるが,もう少し様子を見たい。
都市に作るビオトープというのは何をどのように目指してどうすればいいか,という大問題とともに,それが実際どのように実行されるか,というこれまた大問題と,実はどのようになるのだろうかという,3段階の難問を抱えている。野生ツツジのはずが八重の綺麗な花を咲かせたことや,ツキヨタケ事件は図らずもそうした課題の一端を浮き彫りにした。ツキヨタケ事件の概要はつぎのようである。
ビオトープには朽ち木もいるだろうということで設計された倒木は,本来,御池通りのケヤキのなかで移植工事がうまく行かなくて枯れたものを用いる予定であったという。ところがツキヨタケガ発生して,この木はいったいなんだろう,ということで,琵琶湖博物館の布谷さんに鑑定を依頼したら,なんとイヌブナだということが判った。この工事をした植木屋さんはご不幸があってとうとう事の真相は未だに闇の中である。こんなところにツキヨタケは似つかわしくないという考え方の一方で,これは面白い,生物界の不思議な仕組みの一端をかいま見たような感も否めない。いままで大発生の記録がないというニッポンアカヤスデの話もたいへん興味深いが,これらはみなそれぞれの専門家が協力してモニタリングを行っているからこそ記録できるものである。こうした事例の意味については,もう少しモニタリングを続けながら,機会を見て論議していきたいと思っている。
命の森で繰り広げられる生物界のダイナミックスの勉強は今開始したところである。さて次年度はどうなるか?
お世話になっている京都市都市緑化協会の方々とも緊密に連絡を散りながら研究していきたいと思っている。調査団の方々,どうぞよろしくお願いします。
森本幸裕 記
京都ビオトープ研究会
研究者
岩瀬 剛二((株) 関西総合環境センター生物環境研究所)
川向 誠 (京都工芸繊維大学)
佐藤 治雄(大阪府立大学農学部)
島田 泰夫((財)日本気象協会関西本部)
下野 義人(大阪府立枚方西高校)
須川 恒 (日本鳥学会)
中村 彰宏(大阪府立大学農学部)
松良 俊明(京都教育大学教育学部)
夏原 由博(大阪市環境科学研究所)
宮本 水文(京都市都市計画局緑化推進部)
森本 幸裕(大阪府立大学農学部):研究会代表
渡辺 茂樹
市民・学生・大学院生
池上 佳志(広島大学大学院)
伊藤亜希子(京都大学大学院農学研究科)
榎本百利子(大阪府立大学農学部)
川島 聡子(大阪府立大学農学部)
小林 久泰(京都大学大学院人間・環境学研究科)
堤 光 (大阪府立大学農学部)
堀内 紳年
間野かづき(大阪府立大学大学院農学研究科)
森本 淳子(京都大学大学院農学研究科)
公園整備関係者
杉本 享 ( (株)空間創研)
宇戸 睦雄( (株)空間創研)
須貝 智也( (株)植芳造園)
財団法人 京都市都市緑化協会、梅小路公園担当
小林 義樹
田中 泰信
E-mail : biotope@envi.osakafu-u.ac.jp
Unofficial HomepageURL: http://rosa.envi.osakafu-u.ac.jp/biotope/index.html